日記を中心に、あれこれ興味のあることを。
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グリーンカーテンの乱
2011年08月06日 (土) | 編集 |
節電の夏、我が家もグリーンカーテンを導入した。
南側のベランダからの日差しが暑くてたまらないので、長年ターフのようなものが欲しかったのだが、今年はといえば、やはりここはひとつグリーンカーテンだろう。
3年前に収穫?して引き出しで眠っていた朝顔の種も、ようやく日の目を見られるというものだ。
発泡スチロールの箱がいくつかあるが、ダンナに何度聞いてもどれを使っていいか教えてくれないので、もうこれ以上待てないとばかりに卵パックで種をまき、順調に発芽を見た。

卵パックでどんどん大きくなる朝顔は、その長さが20cmぐらいになった時に、ダンナの重い腰をあげさせるほどの気の毒感を漂わせ、とうとうダンナもホームセンターに買い物に行くしかなくなった。
ホームセンターでは土を買い、ダンナが急に面白がってゴーヤ苗を2本買い、ついでにベランダ用プチトマトという物も買った。
忘れちゃいけないネットも買った。ここまで来るとダンナもノリノリで、けっこう高価なネットに手を出そうとしたので、かえって冷静にさせなくてはならないほどだった。
もっと早い段階でノッてくれれば今頃朝顔も大きな箱でのびのび育っていただろう。
しかし私は当時、足の怪我により重い物を持つ事を禁止されていた(それどころか化膿しまくる傷を常時保冷剤で冷やしながら休み休みヨタヨタ歩いていた)ので、自力不可、ダンナを頼るしかなかったのだ。
だから、遅くはなったが必要な品々をゲットできただけでもヨシとしようと思った。
その後、重い土をなかなか2階ベランダに運んでくれず、また数日経つわけだが。そして結局私が半べそで2階まで運んだわけだが。

こうしてダンナの腰をあげさせるという戦いが終わった。発泡スチロールの箱は相変わらずどれを使っていいか言わないのでもう勝手に4つほど強奪し、ベランダへの朝顔移植を行った。
大きな窓が2か所あるので、片側は朝顔2箱、もう片側はゴーヤ1箱と朝顔・トマトの混合チームを1箱にした。
足の怪我で一気にはできないので、5分やって休み、10分やって休み、地道に頑張ったのだ。

それから1週間、今度は「朝顔ネットを張ってくれの乱」勃発だ。
卵パックで根もろくに伸ばせず可哀想だった朝顔が、発泡スチロール程度とはいえ足元を伸ばせる環境に来たのだ。つるは張り切って伸び、行くあてを探していた。ゴーヤだってつるの横から細いヒゲのようなつるを出して勝手に壁につたいはじめていた。
これは困る。2階から3階にむけネットをはらねばなるまい。我が家は甲子園になる予定はない。
しかし何度訴えても相変わらず腰の重いダンナは、暑いから今日は無理とか、ビニールひもがないとか色々言っては先延ばしにしていたのだ。
とうとう私と娘でネットを張り始めた。息子はのんきにオンラインゲームだ。
私と娘には共通の理想があった。3階のベランダにネットをかぶせたくない、2階のギリギリの高さでネットの上部を合わせたいという点だ。だんだん日がたかくなり暑さが増す中、娘と必死で頑張った。なかなかうまくいかなくて、そろそろダンナに頼まなくては無理かと思った頃、たまたま外を通りかかったダンナが見えたので応援をお願いした。
「これじゃダメだよ」というダンナに素直にうなづけず「だったら最初から手伝ってくれりゃ良かったじゃん」と言った。娘はお約束の展開にゲラゲラ笑っていた。

何はともあれ、朝顔もゴーヤもネットを張ってもらい、これで安泰だと安堵した。
段階ごとに停滞していたので、朝顔はまだまだ背が低いけれど、ここまでくればグングン伸びてくれるだろう。
もうダンナに頼まなくては進まないような事項はないので、楽しく水やりをするだけだ。
満足感いっぱいですべての戦いを終了した。


・・・はずだった。


翌朝私が見たものは、猫による掘り返し&排泄物攻撃だ。
何という事!
根っこが日差しにやられる前に急いで植え直し、観察を重ねて猫3匹のうち犯人も特定した。
しかし犯人は、毎日のように掘り返し、排泄物を置いて行く。
掘り返せないようにカゴをかぶせたらカゴごといたずらしてトマトの生長点を欠いてしまったし、苗の隙間に猫よけのトゲトゲマットを敷いても翌々日にはそれごと掘り返しお決まりの排泄物攻撃だ。
次に先週千葉に行ったときに飼ったサザエの殻を並べてみたが、それでもまた意に介さず、サザエの真上に排泄物をぶちまけてあった始末だ。
奴はなかなか手ごわい。グリーンカーテンの乱、本当の戦いはこれだったのだ。
私は今でも毎日のように、癖の悪い飼い猫とバトルを繰り広げている。
見つけ次第片づけるとはいえ、排泄物があったような箱で育ったトマトなど食べる気にはなれない。
ダンナと娘は肥料だと言って笑うが、とんでもない話しだ。
ほかの2匹は興味を示さないのに、なぜその1匹だけは執拗に土に手をだし隙あらば(なくても)排泄をするのか。
他の2匹が敷地内倉庫で産まれ生後一カ月で保護されたのに対し、彼は生後数年の時点で病気を抱え流れ着いて保護されたため、我が家の外様大名だとよく言った。
外様大名よ、お前も外様とはいえ大名になったのだから、いまさら乱を起こすでない。
掘り返され倒され、根が乾いたりつるの先が折れ生長点を失った朝顔が、1本また1本と増えていく。生き残りもあるが、もうカーテンというほどにはならないだろう。
あれだけダンナに色々頼み続け、ようやく漕ぎつけたグリーンカーテンだったのに。
こんな体たらくでは小学生の観察日記にもなりはしない。

それでも、3年ぶりに日の目をみた朝顔は、毎朝青や紫の花を咲かせてくれる。
娘もさすがに色水遊びをする年ではなくなったが、水やりなどエンジョイしている。
日を遮るまでにならなくても、これはこれで良かったとしよう。
ゴーヤもずいぶん線が細い感じだし、今年は色々と段取りが悪かったということで。

あとはせめて、猫との掘り返しバトルが早く終息するよう願いたい。

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地震
2011年08月04日 (木) | 編集 |
2~3個前の記事での近いはどこへやら、久々のログインである。

前回の記事のあと、あの恐ろしい東日本大震災が発生した。
被災地ではまだまだ苦労と不自由の真っ最中だ。
いまだに行方がわからないままの方も多く、ご親族、御友人の心中はいかばかりであろうか。
本当にお気の毒でならない。

あの地震の恐怖から、夜もろくに眠れず電灯ラジオを手放せない日々を送っていたが、4月末に怪我をしたことが長期の安静を含めて7月末までの長患いになり、地震への恐怖は半強制的に怪我の痛みや日々の通院への疲労に切り替えられた。
先週ようやく怪我が完治したが、そのとたんに静岡県でM6.1の地震発生とは、なんというタイミングだろう。
とりあえず、怪我の間放置してあった懐中電灯や避難袋を総点検した。

2~3年前に園だよりに「乳幼児のいる家庭の避難用品」の記事を書いた事があった。その際、保護者の反応として、自治会が用意してくれてあると思っていたという声があった。
自分の家族に必要なものは、まずは自分でしっかりと!
我が家の場合は持病の薬や大きなサイズの衣類、猫用品などが含まれる。もっとも猫をどうにかできるかは状況しだいなのだが。

静岡県民は地震に慣れていると思われる事があるが、30年以上前から東海地震が来る来ると言われ続けているだけで、実際には大規模な地震が来たことはない。経験がないのだ。
おとといの地震は東海地震とは関係ないとのことだが、「いつ起きてもおかしくない」を聞きなれたフレーズと一蹴せず、本気で気をつけていきたいと思う。

「専門家の指導のもとで」
2011年02月28日 (月) | 編集 |
なんとなくTVを観て、なんとなくCMを眺めていたら、雨の中を白い子犬が歩いていた。

あ、ビショビショになっちゃう なんて思ったら、傘をさしていた人物が犬に傘をさしかけた。
誰あろう、松潤であった。さすがCM。

その後彼は子犬を連れ帰り、無事にエアコンのCMらしい展開をみせるわけだが、私にはさきほどの場面の小さな文字が妙に気になり、その意味を反芻していた。

たしか、大雑把にだけど、おおよその意味として、
『子犬が迷子になる場面は専門家の指導のもとで撮影しています』
こんな感じの言葉だった。お前ら獣医ドリトルかい!

しかし、今はこういう言葉が必要なのだろう。ある意味エクスキューズとして。
ボンヤリ見ていた私ですら、犬が濡れちゃう事を気にとめたのだ。

そんな私の頭に、迷子の子犬が雨に濡れるという、同じシチュエーションのCMが浮かんだ。

それは大昔、まだ私が高校生だった頃の、ウィスキーのCMだ。
子犬が街の雑踏など歩きまわっている。いつしか雨も降ってくる。
動物好きな高校生の私は、横断歩道を渡る場面では人間に踏みつけられないかと心配し、
雨宿りの場面では、犬に気づいたジョギング中の人になぜ保護してやらないのだと憤慨し、
出会いがしらに自転車とぶつかりそうになる場面ではリアルに「あぶない!」と声をあげた。
誰にも声ひとつかけられず、抱き上げても拭いてももらえない。最後まで彷徨いっぱなしで終了だ。
CM後はよく目に涙を浮かべ、飼い猫をひたすら抱きしめていたものだ。
気になって動画サイトで探したらあったので久々に見たのだが、今もなおせつなくて目頭が熱くなった。




CMが話題になると、その子犬が殺処分寸前で見出されたコで、撮影後はスタッフに飼われている事がとりあげられた。私はとても安心し、CMを見るたび『本当は幸せ』『今は大丈夫』と呪文のように自分に言い聞かせていたものだ。
もっとも後になって出版物で、撮影後もなかなか引き取り手が見つからなかった事を知り、けっこう驚いたわけだが。
         『名優犬トリス―お母さん、ボクをおぼえていますか? (ドキュメンタル童話・犬シリーズ)』

当時あのCMについて、子犬が可哀相だという意見があった事はうっすら覚えている。というか『ご意見』が届くなら松潤のCMどころではないだろう。
だが、今でも名作CMとされている。古き良き時代は、それで良かったのだ。

しかし私はあえて松潤を支持しよう。力強く支持しよう。
犬を気にかけ何とかしてくれた。連れ帰りタオルで拭いてくれたのだ。
後に名作と言われなくても良い。エクスキューズがバリバリでも良い。
CM、フィクション、演出、、、そんな事はわかっていても、やはりそう思う。
松潤、ありがとう。おばちゃんグッスリ寝られるよ。


こうして、こんな中高年までもを支持者とした松潤。
こんなトコでも好感度をアップするとは嵐おそるべし。
あの不遇の下積み時代はダテじゃなかった。


マイ小型車の恨み
2011年02月25日 (金) | 編集 |
この3カ月、とても腹立たしく思っている事がある。
私が日々使っている小型車に対し、夫が勝手に売却話を進めていた事だ。
進めていたどころか間もなくそれは売られ、私の心に埋めがたい深い傷を残した。

我が家の車は、自営業に使う車が複数台と、家族用のワゴン車、主に私が乗る小型車 という構成だった。 
そして免許証保持者は夫と私の二人だけで、あまり乗る機会のないワゴン車のバッテリーはたびたびあがっていた。維持費で大金がかかる上に乗る機会がないのでは無駄だというのは理解できる。

思えば2年ほど前にも、景気が悪いから小型車を手放してワゴン車に乗るようにしてくれないかと打診された。ワゴンを手放すと家族全員で出かける時に乗りきれないので、小型車の方を手放したいわけだ。
その時は、子どもが高校を卒業するまでは、塾、部活、病院、学校、その他もろもろ、何の用事でどこへ行く事になるかわからない立場なので、小回りの効く小型車は手放したくないと話し、一応の理解を得られたはずだった。

11月末、再度売却の話を持ちかけられた時も、同じ事を再説明して首を縦にはふらなかった。
なぜなら2年前から11月末までの間に、夫は軽トラなど2台を中古で買い、半年から1年で次々手放すという、無駄の極致をやっていたのだ。その夫に無駄を説かれても、お前が言うなってヤツだ。

それが12月上旬のある日、義母から「10万で売れるんだって、良かった良かった」と言われたのだ。
私は驚き、子どもが高校を出るまでは売らない話になっているし手放す気などないのですが、と言った。すると義母は表情を一変させ「こんな景気も悪くて○○(夫)も苦労してるんだから、そんな事言わないで、家族だから協力してよ~」と、まるで怒り泣きでもするかのような態度で夫を擁護した。
冗談じゃない、こういう事にならないように、購入時に維持費のかからない軽自動車を主張していたのは私の方だ。それを見栄か何か知らないが普通自動車でなくてはと言い、維持費の事も「大丈夫大丈夫」と考え無しに購入したのは夫の方だと言うのに。
しかも目立つ外国車を買おうとするのを、義弟が亡くなったあとだし保険金等で良い車を買ったお気楽兄夫婦などと誤解をされてはいけないと必死に説得し、よくある女性向け小型車の中古にしたのに。
その嫁を今になって、自分の贅沢を押し通す嫁に仕立て上げるというのか。


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遠況報告
2011年02月19日 (土) | 編集 |
恒例行事、冬眠明けの御挨拶。

・・・というか、、、

前回の記事、2009年11月 それってどうよ

寛大なFC2さんに感謝しつつ、性懲りもなく春の御挨拶を書きこむ私なのだ。

とはいえ、実はFC2にはたびたびログインして、週に2回は記事をあげている。
ええ、お仕事のほうのブログを。ここではないブログを。
いや、決してドヤ顔なんてしていない。ちょっとした言い訳だ。


よく近況報告と言うが、1年3カ月も放置してしまったので、遠況報告でも。

2009/12  役員(大きなポジション)の仕事で超多忙状態継続中
~2010/03 特に引き継ぎ前は書類作成・整理で半廃人
2010/04  娘、中学生になる
         入学式の晩、担任教師の印象を聞いたら『にこやかなばくだん岩』と即答
2010/06  実家母、癌発覚  託児所を退職
         保育現場からは離れたが職員へのPC指導員として籍が残される
2010/夏  実家母、入院、手術  実家には女手がない為入り浸る事になる
         抗がん剤治療の付き添い生活開始
2010/09  高血圧発覚、不本意ながら成人病の仲間入りを果たす
         頭痛ひとつとっても血管が切れるのかと相当ビクビク過ごす
2010/10  実家母、アクシデントにより緊急再入院
         またまた病院に入り浸る
2010/11  自分の健康に自信を無くし、検診月間と化す
2011/12  検診月間の結果が軒並みシロだったので一安心
         夫にも検診を受けて欲しいと頼んだがあっさり却下される
2011/01  またひとつ年をとる
         夫に欲しい物を聞かれたのでバッグか腕時計と答えたが返答は未だに無い
2011/02  実家母の抗がん剤治療終了
         今後は定期的に検査を受ける生活に移行

というわけで、健康にまつわる事に色々時間をさいた日々だった。
そして2010前半は少し離れていた自営業の手伝いも、秋からはしっかりやるようになり
WEBサイトをこまめに更新したり、週2でブログをアップしたりするぐらいには
頑張らざるを得ない状況になっている。
これでお手当をもっと貰えたら言う事ないのだが、この不況だ、それは言うまい。
おとなしく事務兼販売員をこなすとしよう。
そしてその合間には、今度こそこちらのブログにもログインするのだ。
あっちが週2なら、こっちは月2でもいい。
望みが低いように思えるが、1年3カ月も放置した人間には
そのぐらいの望みが現実的なのだ。

来年の春、また同じことを書いていない自分を切に願う。


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