日記を中心に、あれこれ興味のあることを。
  • 04«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »06
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


グリーンカーテンの乱
2011年08月06日 (土) | 編集 |
節電の夏、我が家もグリーンカーテンを導入した。
南側のベランダからの日差しが暑くてたまらないので、長年ターフのようなものが欲しかったのだが、今年はといえば、やはりここはひとつグリーンカーテンだろう。
3年前に収穫?して引き出しで眠っていた朝顔の種も、ようやく日の目を見られるというものだ。
発泡スチロールの箱がいくつかあるが、ダンナに何度聞いてもどれを使っていいか教えてくれないので、もうこれ以上待てないとばかりに卵パックで種をまき、順調に発芽を見た。

卵パックでどんどん大きくなる朝顔は、その長さが20cmぐらいになった時に、ダンナの重い腰をあげさせるほどの気の毒感を漂わせ、とうとうダンナもホームセンターに買い物に行くしかなくなった。
ホームセンターでは土を買い、ダンナが急に面白がってゴーヤ苗を2本買い、ついでにベランダ用プチトマトという物も買った。
忘れちゃいけないネットも買った。ここまで来るとダンナもノリノリで、けっこう高価なネットに手を出そうとしたので、かえって冷静にさせなくてはならないほどだった。
もっと早い段階でノッてくれれば今頃朝顔も大きな箱でのびのび育っていただろう。
しかし私は当時、足の怪我により重い物を持つ事を禁止されていた(それどころか化膿しまくる傷を常時保冷剤で冷やしながら休み休みヨタヨタ歩いていた)ので、自力不可、ダンナを頼るしかなかったのだ。
だから、遅くはなったが必要な品々をゲットできただけでもヨシとしようと思った。
その後、重い土をなかなか2階ベランダに運んでくれず、また数日経つわけだが。そして結局私が半べそで2階まで運んだわけだが。

こうしてダンナの腰をあげさせるという戦いが終わった。発泡スチロールの箱は相変わらずどれを使っていいか言わないのでもう勝手に4つほど強奪し、ベランダへの朝顔移植を行った。
大きな窓が2か所あるので、片側は朝顔2箱、もう片側はゴーヤ1箱と朝顔・トマトの混合チームを1箱にした。
足の怪我で一気にはできないので、5分やって休み、10分やって休み、地道に頑張ったのだ。

それから1週間、今度は「朝顔ネットを張ってくれの乱」勃発だ。
卵パックで根もろくに伸ばせず可哀想だった朝顔が、発泡スチロール程度とはいえ足元を伸ばせる環境に来たのだ。つるは張り切って伸び、行くあてを探していた。ゴーヤだってつるの横から細いヒゲのようなつるを出して勝手に壁につたいはじめていた。
これは困る。2階から3階にむけネットをはらねばなるまい。我が家は甲子園になる予定はない。
しかし何度訴えても相変わらず腰の重いダンナは、暑いから今日は無理とか、ビニールひもがないとか色々言っては先延ばしにしていたのだ。
とうとう私と娘でネットを張り始めた。息子はのんきにオンラインゲームだ。
私と娘には共通の理想があった。3階のベランダにネットをかぶせたくない、2階のギリギリの高さでネットの上部を合わせたいという点だ。だんだん日がたかくなり暑さが増す中、娘と必死で頑張った。なかなかうまくいかなくて、そろそろダンナに頼まなくては無理かと思った頃、たまたま外を通りかかったダンナが見えたので応援をお願いした。
「これじゃダメだよ」というダンナに素直にうなづけず「だったら最初から手伝ってくれりゃ良かったじゃん」と言った。娘はお約束の展開にゲラゲラ笑っていた。

何はともあれ、朝顔もゴーヤもネットを張ってもらい、これで安泰だと安堵した。
段階ごとに停滞していたので、朝顔はまだまだ背が低いけれど、ここまでくればグングン伸びてくれるだろう。
もうダンナに頼まなくては進まないような事項はないので、楽しく水やりをするだけだ。
満足感いっぱいですべての戦いを終了した。


・・・はずだった。


翌朝私が見たものは、猫による掘り返し&排泄物攻撃だ。
何という事!
根っこが日差しにやられる前に急いで植え直し、観察を重ねて猫3匹のうち犯人も特定した。
しかし犯人は、毎日のように掘り返し、排泄物を置いて行く。
掘り返せないようにカゴをかぶせたらカゴごといたずらしてトマトの生長点を欠いてしまったし、苗の隙間に猫よけのトゲトゲマットを敷いても翌々日にはそれごと掘り返しお決まりの排泄物攻撃だ。
次に先週千葉に行ったときに飼ったサザエの殻を並べてみたが、それでもまた意に介さず、サザエの真上に排泄物をぶちまけてあった始末だ。
奴はなかなか手ごわい。グリーンカーテンの乱、本当の戦いはこれだったのだ。
私は今でも毎日のように、癖の悪い飼い猫とバトルを繰り広げている。
見つけ次第片づけるとはいえ、排泄物があったような箱で育ったトマトなど食べる気にはなれない。
ダンナと娘は肥料だと言って笑うが、とんでもない話しだ。
ほかの2匹は興味を示さないのに、なぜその1匹だけは執拗に土に手をだし隙あらば(なくても)排泄をするのか。
他の2匹が敷地内倉庫で産まれ生後一カ月で保護されたのに対し、彼は生後数年の時点で病気を抱え流れ着いて保護されたため、我が家の外様大名だとよく言った。
外様大名よ、お前も外様とはいえ大名になったのだから、いまさら乱を起こすでない。
掘り返され倒され、根が乾いたりつるの先が折れ生長点を失った朝顔が、1本また1本と増えていく。生き残りもあるが、もうカーテンというほどにはならないだろう。
あれだけダンナに色々頼み続け、ようやく漕ぎつけたグリーンカーテンだったのに。
こんな体たらくでは小学生の観察日記にもなりはしない。

それでも、3年ぶりに日の目をみた朝顔は、毎朝青や紫の花を咲かせてくれる。
娘もさすがに色水遊びをする年ではなくなったが、水やりなどエンジョイしている。
日を遮るまでにならなくても、これはこれで良かったとしよう。
ゴーヤもずいぶん線が細い感じだし、今年は色々と段取りが悪かったということで。

あとはせめて、猫との掘り返しバトルが早く終息するよう願いたい。

スポンサーサイト

猫兄妹
2008年09月03日 (水) | 編集 |
この場所に登場させるのが遅くなったが、我が家には2匹目の猫がきた。
2007/10/15うまれ、女の子。
1匹目と同じ親からうまれ、同じように育児放棄が始まり、兄弟もウィルス感染症で死んでしまったりして最後の一匹になってしまったところをダンナが保護してくれた。茶太郎の時とは違って体力が衰えていなかったので、病院に直行することもなく我が家での暮らしを始めた。

そのときの写真。
2007/11/15 もも生後1ヶ月

全体的に白っぽかったので、白猫を欲しがっていた義母の御眼鏡にもかない、ラッキーだった。ちなみにこの子を保護している時も、母猫はオス猫と遊び呆けていて気にもとめなかったそうだ。


この子が来て、茶太郎と初対面のショット。
しばらく遠目に眺めていて、ようやく近くに来たところ。
2007/11/15 なにコレ?

もちろんこのあと、
ファ───────ッ!とか
シャ───────ッ! とか
ペシィッ! とか
一通りの儀式をすませたのだが、間もなくとても良いお兄ちゃんとなり、母に代わって排泄の世話をしてくれるまでになったのには驚いた。

07/11/23 オシッコどうかな?

娘が「もも」と名付けたその猫も、今はすっかり大きくなり、お兄ちゃんと楽しくおてんばな毎日を過ごしている。

08/08/25 お兄ちゃんとお昼寝


俺様は猫である
2007年09月23日 (日) | 編集 |
茶太郎 2ヶ月半

GWに保護して、3週間の入院のあと、まんまと我が家の子になった猫、それがこの【茶太郎】だ。

推定4月1日生まれ。
人間の子どもだったらあやうく学年で一番遅い誕生日の子になってしまうが、
猫だから  そんなの関係ねぇ!

この写真の頃は2ヶ月半。
退院時にあった下痢症状もすっかりおさまり、食欲も旺盛になって、
お腹がプックリしている姿だ。






さてあれからさらに3か月。
生後5ヶ月半になった茶太郎の姿がこれだ。


茶太郎 5ヶ月半





だらしねぇ~~~



通い猫 サビィ
2006年11月26日 (日) | 編集 |
7月8月と2匹の猫が産んだ子猫たちのうち、生き残ったのはたった1匹だ。7月に生まれた子だ。
本当は先月まではもう1匹8月生まれの子もいたのだが、その子は目やにが多い症状で拭いても拭いても目があかないほどで、ある時道路にまで出てしまい、轢かれはしなかったものの冷え切って翌日死んでしまったのだ。道路に出ていたのは地域のお祭りがあった晩で、ダンナは役員だし、私は祭囃子の会の演奏があって出ていた。私と子どもが一足先に帰宅したら、家の前を通りかかった知り合いの方が、さっき道路の真ん中で猫が2匹動かないでいたから慌てて連れてきたところだというのだ。
生き残った1匹はサビ猫で地味な色合いなので、轢かれないように派手な首輪(鈴付き)をしていた。死んでしまった目やに体質の猫は、母親と同じその鈴の音についていってしまったのだろうか。知り合いの話では、首輪のある子猫が道路の真ん中でじっともう1匹に寄り添っていたので、てっきり轢かれてしまっているんだと思ったという。実際には生きていて助けてもらったのだが、どのくらい道路にいたのか、冷え切ってしまった子猫は翌日あっけなく星になってしまったのだ。

あれから約1ヶ月。サビ猫にはサビィという名前がついた。
黒と茶が入り混じったその柄は、夕暮れ時にはいつ轢かれてもおかしくないものに見える。現にご近所ママが夕方車で寄った時に、私の目の前で危うい場面があったのだ。危うい動きをしたのはもちろん猫のほうだが。
サビィが轢かれたら大変だ!私はダンナにそう訴え続けた。
そして大人猫が出かけていてサビィが寂しくてウロウロしている夕方はウチで遊ぶようになった。
そして寒さが厳しくなった今、サビィは家に泊まるようになった。


[READ MORE...]
猫がまた減って…
2006年10月02日 (月) | 編集 |
「パンチ」のこども

モモコが星になったあと、我が家には新しい命が誕生していた。
馬鹿母「ミケ」が昨年3度もお産をした中でたった1匹生き残った雌猫「パンチ」が、生後1年で初のお産をしたのだ。9月8日の事であった。
産んだ日はダンボールの家の中で面倒を見ていて、なんと馬鹿母ミケも祖母としては懸命な気持ちがあるらしく、ダンボールハウスの入り口に門番のようにずっと居座って周囲を見張っていた。なぜ自分の子にはそんな風にできないのか?!人間でも猫でも孫は特別なんだねぇ、とダンナと苦笑した。
ところが翌朝、義母が来て、パンチが全然面倒を見ていないという。1匹は外階段の踊り場に放置されていてぐったりしているし、もう1匹は姿が見えないという。そしてもう1匹は死んでしまっているという。おそらく居場所を変えようと移動している途中で放置しちゃったんだろう。ネグレストの子どもはやはりネグレストなのか?という不安が頭をよぎる。




[READ MORE...]
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。