日記を中心に、あれこれ興味のあることを。
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ポストペット関連いくつかのサービス終了
2008年08月29日 (金) | 編集 |
8月末日で、ポストペットにかかわるいくつかのサービスが終了を迎えることになった。
具体的には
「PostPet Park」
「PostPet V3+サービス」
「PostPet GameLand」
この3つが、8月31日23:59をもって終わるのだ。
この第一報がメール告知された時には、本当に衝撃をうけた。

Parkというのは登録ユーザーがメールを介してイベントに参加したり、ソフトに入っていないおやつ等を入手できたり、ゲームや占いなど多岐にわたるお楽しみを提供しているところだ。
たしかにこの2~3年はイベントが焼き直しばかりで、手抜き感は否めなかった。でもポストペットが誕生して以来続けられてきたその場所を、閉鎖するという選択肢を持っているとは思っていなかった。

V3+サービスについてはバージョン「V3」に特化したサービスで、それまでのポストペットと違って室内の風景を自作できないV3において、毎月「家具」「アクセサリー」また「遊具」「カメラ」などをリリースする場だった。
毎月付与されるポイントに対して圧倒的に高いポイントが必要とされるそれらのプラグインをガッチリとゲットするため、私は共同で購入するサークルを作っていた。サービスの終了に伴いそのサークルも役目を終えようとしている。

ポストペットはこの先「4you」というバージョンに進化していく。
Webメール(ポストペット画面付き)とSNSの融合といった様子のそれに私が手を出すかどうか今は決めかねており、当分の間は様子見になるだろう。

ネットの進化は時として切り捨て作業とセットになっている。
私はまだ、ついていけないでいる。

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♪ぽぉ~にょぽ~にょぽにょ
2008年08月25日 (月) | 編集 |
「ねぇ、ポニョ観に行こうよぉ~~~」
今日も話しかけてくるその声は、ダンナのものだ。
子ども達に
「やだよ、オレもうそんな子どもっぽいの」
「興味ないって昨日も言ったじゃん~」
と言われ、相変わらず誰も釣れてくれない様子。

いただきものの招待券は、子ども用2枚。
あと大人2枚を買い足せば家族4人で行くことができる。
しかし残念ながら、ダンナ以外にポニョを観ようとする者がいない。

私はというと、巨匠ともいえるあの監督の作品に、食わず嫌いな感覚を持ち合わせている。
理由はいたってくだらない事だ。
昔、少し苦手(←大ッ嫌いと読む)だった職場の先輩が、あの監督の熱烈な信者で正直ウザかったからだ。
自己中心的で感情の波が激しく他人の気持ちなど考えないその先輩に、私はいつも振り回された。先輩をさしおいて重要な仕事に指名されたときはイジメに近いものも受けた。それでも後輩らしくにこやかに、はつらつとしながらも従順に、胃潰瘍を起こしながら働く私に、先輩はいつもそのテの映画を誘うときだけは猫なで声だった。今思えば一緒に映画に行くような友達がいなかったのかもしれない。私が架空の用事を作って断ると、ろくに会ったこともないような上司の娘と行ったりしていた。
とにかくあの頃から私の中では、あの監督の作品がどす黒い靄とセットになってしまったのだ。
だから、ト○ロに猫○スが出てくる事も、宅急便の黒猫の名前も、ハ○ルの城が想像以上に動くことも一般常識?として知ってはいるが、どの作品も一度として通して観たことなどない。「きょしんへいがドーン」はTV神奈川のsaku sakuで覚えた。どんな兵なのかは知らない。それを知るぐらいならsaku sakuの裏側のほうがよほど知りたいぐらいだ。


なのに、ポニョ。


ダンナは海がらみの話が好きだ。NHKのドキュメンタリーもよく見ている。サンゴが産卵したりサメの動きを追ったりするアレだ。ディズニー物もニモだけはDVDを買ってまで観たがった。


だけど、ポニョ。


ダンナはとうとう、
「これお金を足して大人券に振替できないかな~。二人で行かない?」
と言い出した。

ダンナは結婚前に一度として映画という定番デートを提案したことはなかった。
結婚後には子どもにねだられ「どうぶつの森」などを家族でみたことがあるが、それすら最近では私ひとりに任せきりだ。
ふたりで映画を見たことなんてないのに。
記念すべき初映画デートになるかもしれないのに。



……そんなにポニョ?

保母国家試験の思い出
2008年08月23日 (土) | 編集 |
夏になると思いだすことが色々ある。
その中でも今思うとけっこうヒヤヒヤするのが、もう20年以上前の、保母資格の国家試験の思い出である。
#今は「保育士」当時は「保母」

高校の保育科に通っていた私は、3年生の夏が勝負の夏だった。
国家試験では、
・社会福祉
・児童福祉
・児童心理学及び精神保健
・保健衛生学及び生理学
・看護学及び実習
・栄養学及び実習
・保育原理及び教育原理
・保育実習
の8科目10教科の筆記試験で、[保育実習]は筆記合格の後に2次試験(実技)にも合格しなくてはならない。
国家試験は各県ごとに時期も出題内容も任された状態で行われており、教科ごとの合否判定が出て、3年以内にすべての教科(2次も含め)に合格すれば資格取得となる。複数の県を受験してその結果の合わせ技でもOKなので、その学校では地元だけでなく近隣の県へも出向いて受験していた。
また大前提として、その後無事に高校を卒業しなければならない。
(現在の国家試験状況は情報サイトで確認されたし)

私が受験した年の2年前までは、近隣Y県では比較的問題が簡単だった上に夏と冬に試験を実施しており、夏にとりこぼしがあった者は冬までに残りを集中勉強して卒業に間に合わせることができたという。そのため合格率はほぼ100%、資格がとれないまま卒業する者は数年にひとりいる程度という状況を誇っていた学校だった。しかし私のひとつ上の先輩の時からどの県も夏1回の実施になり、その年の合格率はいっきに70%程度に落ち込んで私たち後輩を大いにビビらせていた。

とりこぼせない。とりこぼして来年また受験だなんて絶対に嫌だった。
とにかくその夏にすべてをかけるしかない。
3年間勉強してきたんだから、と17歳の私は初めて本気で燃えた。
自分の偏差値からみて随分ラクに入れたその高校で、私はそれまで本気で勉強する事もなくそれなりに成績上位をキープしてきた。
問題を起こして停学になった時には、副担任が深いため息とともに
「あなた余裕がありすぎるのよ。今までの貯金で遊びながらでもやっていけるものね。馬鹿らしくてやってられないんでしょ?わからなくもないけど、あなたみたいな子は正直扱いづらいわ」
と嘆いたことも記憶している。副担任はとてもいい人で嫌いじゃなかったのに、あの言葉にモヤモヤしてテストを白紙で提出したこともあった。今思えば本当に扱いづらい。しかも大事なところでキッチリ好成績をとりにいくかなり性格のねじれた嫌な生徒だった。
でも国家試験は授業成績とは別だ。たとえクラスで成績1番だったとしても、国家試験に合格できなかったら保育科的には「残念な生徒」に陥落する。
停学になるほどの素行不良さがある反面、長い休みのたびに自主的に保育実習に行き、現場で鍛えてもらっていた私には、プライドがあった。
他の生徒が良い子ぶった顔の裏で隠れてバイトにあけくれている夏休みも、私は毎日保育園で実習をしていたんだ。朝7時過ぎから夜6時半頃まで、もう帰っていいよと言われても毎日1分でも長く現場の勉強をしたくて…たとえ家に一歩入った瞬間にクタクタになって爆睡しても。夏休み明けの社会科系のテストのサービス問題「甲子園で優勝した○○高校は何県?」が、甲子園もニュースも見ていなくて答えられず満点を逃し先生に笑われ、悔しい思いをしたこともあった。
学校では、今までこんなに現場に出た生徒はいなかったと言われていた。
私だって、自分でも頑張っていると思っていた。
こんなに頑張って合格できなかったら……
そんなの絶対に嫌だと思った。
当時の彼氏は「お前気づくのおせーよ」と笑いながら、一生を左右することだから死ぬ気でやれ、絶対うかれ、と応援してくれた。彼もまた別の国家試験を目指す大学生で、今こそ大勝負の時だという事をよく分かってくれていた。

そして私のとんでもない夏が始まった。

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旦那プレゼンツ『心霊体験』
2008年08月22日 (金) | 編集 |
我が家は夕食をとりながらTVを観るというだらしない家庭だ。
夏の定番ともいえる心霊モノのTVを見ながら、去年までは怖がって絶対見なかったのに、今年は怖いもの見たさのような気持が出てきた子どもたちの、ローティーンらしい成長を感じていた。

そこへダンナが
「こんなの偶然だよ~!心霊現象なんてあるワケないじゃん!」
あるワケある!身に覚えもある!と思いながら観ている私に対する挑戦状か?

ダンナはさらに続ける。
「そういえば中学生の時に池に釣りに行ってさ~。その池って小学生が溺死しちゃって立入禁止になってたんだけど、よく釣れるトコだったから友達と夜入ってったんだよ。
そんで何匹か釣って足元のバケツに入れながら釣りを続けてたら、突然その魚が勢いよく暴れだしてさ、どうしたんだろうと思ったら、池の対岸で釣ってた友達二人が口々に『おい、子どもが魚いじってるぞ!とられるぞ~!』って大声で言うんだよ。ええ?と思って足元を見たんだけど、子どもなんていなくてただ魚がはねててさ。でも二人が同時に見てたんだよ。
それでみんなで溺死した小学生のことを思い出して、大慌てで帰ってきたんだよね~」

おい!ちょっと聞くけど
それこそが心霊現象なんじゃないのか?!


その晩ベッドに入ってからその話を思い出し怖くなって寝付けなかった私は、ダンナにその責任をとってもらうため、肩や首のマッサージをしてもらっていた。
そして
「…でさ、やっぱり気になるんだけどね、
その池って、、、、どこなの?」

ダンナに肩をイテテテテと言うほどつかみ上げられ
「お前、怖いのか聞きたいのかハッキリしろ!」
と突っ込まれたのは言うまでもない。

ちなみに現在その池は埋め立てて住宅地になっているそうだ。
中学生のダンナと友達が自転車で移動する範囲なら、私も車で通りかかるような地域かもしれない。
どこの住宅地かは、やっぱり怖くて聞けなかった。


タナカぁ~(怒)
2008年08月12日 (火) | 編集 |

昨日に引き続き、今日も私は「お昼寝」を決め込んだ。
もういつからか思い出せないほど長い間、私は週1~2度の「怖い夢」に悩まされており、おとといは深夜3時に顔面蒼白で目覚め、今朝も早朝4時にうなされ起きた。ちなみにその2晩は前後篇の超大作悪夢だった。おそらく全米も泣くレベル。そうやって睡眠不足が続いたので午後にはウトウトしてろくに座っていることもできず、夕方からはお寺に行くという重大な嫁業務もあったため、子ども達に昼寝を宣言したのだ。

そして私は、本当に久しぶりに「楽しい夢」を見ていた。
場所はディズニーランド。独身時代によく一緒に行った友人と一緒にお土産屋さんで楽しく品物を見ていた。あれこれ手にとり、笑いあって…
そこへ友達と私の双方のダンナが呼びに来た。
「おめーら相変わらずだな!早くしないと食事の予約時間!子ども達が待ってるんだから!」
夢の中でも私たちはそれぞれ結婚して子どももいるという、リアルな状況だった。実際に「彼氏」と4人で行ったことは数えきれないほどだが、双方結婚して子どもができてからは一度も一緒に行ったことなどない。もし一緒に行ったらやっぱりこうして怒られるんだろう。
夢の中の私たちはレストランに向かい、予約を告げてストレートに店内に入り、「喫煙席をご用意しますので少々お待ち下さい」と言われた。夢の中でもみんな喫煙者の私に合わせられているようだ。双方子どもも同席しているというのに目の前で喫煙かよ、私は。つか現代のレストラン事情で喫煙は許されるのか?まぁ夢なので勘弁して欲しいが。
レストランは見たところカジュアルなレストラン。バイキング設定だったのはたぶん娘がリアルでシェラトンのバイキングにほれ込んでいる影響だろう。夢の中のみんなはワクワクして「こちらへどうぞ」と声をかけられるのを待っている。
そこへ─────




「ママぁ~!電話!」


「ん~… ふゎぁ? …もしもし…」


「わたくしタナカと申しますが、小学生のお子様をお持ちのお母様でいらっしゃいますか?このたび私ども、家庭での学習をサポートする教材のごあんな」
「いりません」

「…ご興味お持ちでなかったですか?」
「ないです。失礼します」


ピッ! ツー、ツー、ツー…


「ママ、またセールスだったの?」と尋ねる娘にうなずきながら、「あ゛あ゛~~!もうせっかくいい夢みてたのにぃ~!」と言うと、前日悪夢をみた事を知っている娘は「え?どんな?いい夢なら話してもいいじゃん、教えてよ!」と無邪気に尋ねてきた。
私はディズニーランドでの食事未遂を説明し、実に惜しい所だったと悔しがった。
「ちくしょう、タナカぁぁ~!」
と吐き捨て、よろよろと立ちあがって家事に取り掛かるのであった。


タナカ、許さん!


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