日記を中心に、あれこれ興味のあることを。
  • 06«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »08
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


初恋の彼
2009年02月26日 (木) | 編集 |
パート先に携帯電話を忘れ、夜とりに行った帰りに寄った本屋で、初恋の彼にバッタリ会った。
ちょうど電話したいと思っていた用事があると言われ、目と鼻の先にあるファーストフードでアイスコーヒーをおごってもらいながら話を聞いた。

「同窓会の幹事頼まれてんだけど、お前一緒にやらね?」

「ぜってーやんねぇー!」

「俺すげーいい事あったんだよ。お祝いだと思ってつきあえよ~」

「なに?再々婚でも決まったの?」

「ううん、ガン治ったの(^-^)v」

その瞬間私はフリーズした。
彼は小学校の同級生。勉強はまるでダメだったけど運動神経がバツグンで明るく華やかで人当たりも良く、学年の男の子の中では長く人気No.1の座にあった。6年生のとき勉強も運動もできる男子が転校してきてその座はたぶん奪われていたけど。
同じ区域に住んでいて親同士も親しかったとはいえ、親のいいつけで人より少しばかり良い成績をとるのだけが取り柄の地味で太った私とは、住む世界がまるで違っていた。
だから5年生の終りに母親から「@@君のお母さんから聞いたけどあの子アンタの事好きなんだってよぉ~」と言われたときは、ありえないし関係ないと思って全然本気にはしなかった。6年生になって直接コクられて「考えといて」と言われたときも、アナタとワタシで一体何をどう考えろと?という気持ちだった。たまに家族ぐるみで出かけた時は母親たちのニヤけた視線に内心困惑するだけだった。
ハッキリした返事をしないまま、それでもいつの間にか、学校以外の場所では彼は私を「彼女」として扱うようになり、私もしだいにそれを拒否しなくなった。

運動会の季節になり、当然彼は応援団やら選抜リレーのアンカーやら毎日のように練習で大忙しだった。そんなある日、家に遊びに来た彼は「アンカーは1周走るからさ、うちのクラスの前を走る時は俺思いっきりお前に手を振りながら走るから。ちゃんと見てろよ。」と言った。やっぱり嬉しかった。今思えば小6の癖にそんな女を瞬殺するようなセリフをどこで覚えたのかと思うが。
運動会当日、私に言った通り彼は高らかに手を振りながら目の前を駆け抜けていった。しかし私は、まるで彼が走るのを追いかけるようにトラックを1周する黄色い声援にすっかりビビり、「こっち見てくれた♪」と言う女子たちのはしゃぎぶりに圧倒され、別の意味で瞬殺されたのだった。
こんな人と「リョウオモイ」だなんて事になったら大変な事になる!絶対やばい!

それから困惑モードに再突入した私に答えを促したのは、やはり彼だった。誕生日にくれたプレゼントはオルゴール。ふたを開けると中に紙切れが入っており、ハートマークとそれを射抜くキューピットの矢が描かれており、ハートの中央にはちょっとなんだかわからない文字があった。一瞬たってからオルゴールの鏡にうつったその文字が私の名前だと気づき、鏡文字をしこんだ細かい技に驚きつつ、長く返事を留保したわりにあっけなく私はオチた。ただ1点、学校では絶対ヒミツにしてという約束をして。

この恋の終わりは、彼の気持がほかの女の子にうつったことだった。小学校を卒業した春休みに担任引率で希望者参加の日帰りプチ旅行があった。その日に私は、とある可愛く快活な女の子ばかりを目で追う彼に気づいた。中学生になったら二人で映画に行けるねって話していたのに連絡はなく、ゴールデンウィークが間近な頃、彼とあの女の子が付き合っているんだという話が学年中に広まった。彼から私には何の話もなかった。でも終わったことは自覚できた。
その後GW明けには、話がどうこじれたのか、彼と女の子が付き合っているのに私が横取りしたという噂になっており、「え~あの子が?」「デブなのに?」等々さんざん陰口を叩かれたり、意地悪をされたりして嫌な思いをしたが、デブスの私にはかつて彼と両想いだった事すら負い目になっており何の反論もできなかった。

彼はその後2か月ほどで彼女とは別れた。それがまた新たな噂を呼び、周囲の好奇の目が怖く、私は彼を徹底して避け、数ヶ月後には新しい彼ができた。格好良くはなかったけど、案外長引いた噂やいやがらせから守ってくれた人だった。噂を封じるように周囲に交際を宣言した彼の所へ、初彼が「アイツの事よろしく」と挨拶にきたという話を聞いたのは、かなり経ってからだった。
彼の家は校区内の別の地域に引っ越し、クラスが一緒になる事もなかったので私と彼は接点がなくなったが、その後も私がグレた時期には私の留守中に家に来て母親に「アイツそんな奴じゃないから、きっと仲間が悪いだけだよ、おばさん大丈夫だから」と熱心に語っていってくれた事や(しかし彼は私以上にグレていたのでどの口で言ったかと思う)、保育士の国家試験に合格したかどうか母に聞きに来た事、成人式に一緒に行く約束をしに自宅まで来たけど私が合コン三昧で留守がちだったので「もういいや(^^;」って帰ってしまった事など、いつもあとから彼の痕跡を知る事が多かった。
そして私も彼が一度ならず二度までも離婚を経験したことを母経由で聞いて知っていた。
ようやく再会したのは28歳のときの同窓会。彼が同窓会に来たのは初めてだったのでみんな彼を囲んで盛り上がっていたが私は相変わらず距離をとっていた。彼は私に「元気だった?まだ保母さんやってんの?」と声をかけたが「元気だよ。仕事も楽しいし。」と答えるのが精いっぱいだった。
その場になだれこんできた別の男が「お前さ、嫁いかないの?」とズケッと聞くから「うん、行かないっつーか行けないでいるだけだよ。占いで35まで無理って出ちゃったしさ!」と答えたら「おお~俺んとこ来い!俺も25で医学部入ったからインターンやら何やらで結婚できる時期には35くらいだよ。もし35でお前がひとりだったら俺んとこ来るってことでOK?いやマジでこれ!」と盛り上がっていたが、目の前でそんな風に酔っぱらいにからまれる私を彼が助けることはなく、そっと席をたってしまった。それどころか、3次会も終って帰る時に、酔いが醒めて「さっきのアレ本気だから、35の…」と言い出した遅咲き医学生の肩をポンと叩いて「頑張れよ」と言って帰って行った。
ずっと、ずっとかみ合わないままだった。
それが彼と私らしいとすら思っていた。

5年前、彼から突然の電話があり、なんだか久しぶりに会いたいと言った。
私は心ならずも子宮筋腫の手術を受けて気持ちがまだ立ち直っていなかったけれど、うさばらしにゴハンを食べに行くことになった。彼は数時間も私の愚痴を聞き、優しく諭し、明るく笑い、そして自分の事は何も言わなかった。それから年に1~2度は飲みに行っていたけど一度たりともガンだなんて言わなかったのだ。
私は彼のいったいどこを見ていたのだろうか。気付かないのも程がある。

いま初めてガンのことを聞きフリーズする私の頭に彼は手を置き、くしゃくしゃしながら「ホラそんな顔しない!」と笑顔で一喝した。ここで5年経って再発が認められないとのことでめでたい話だからだそうだ。
そして前回の同窓会をドタキャンした責任でやらされるという幹事を、一緒にサボったお前も道連れにやってもらうと言う。私は当時精神的に落ちていて同窓会に出る気にはなれず最初から欠席だったのに、勝手にドタキャンして私を連れ出したのはアンタのほうでしょうに。
ようやく口が動いて「でも同窓会でなんてアンタとからみたくないっつーの絶対に」という私に彼は真顔で「うーん、まぁ、お前には色々悪かったよ。あの時はごめん」と言った。
また自分のことは後回しかよ。なぜガンの事言わなかったんだよ。もし急変してたら……、そんな事はとても言えなかった。

帰り際に「じゃ考えといて」と言われたが、私はもう幹事どころではなくなっていた。
ガンという言葉が重くのしかかり、気付かないばかりか彼に愚痴ばかり言って過ごしたこの5年を激しく後悔している。

とりあえず、神様にはありがとうと言っておく。
今まで恨んだ事もあったけど、今度ばかりはホントにありがとう。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。