日記を中心に、あれこれ興味のあることを。
  • 04«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »06
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2005 F1グランプリinJAPAN
2005年10月14日 (金) | 編集 |
フェラーリ(決勝日)

鈴鹿から帰宅して、あっという間に次の週末を迎えてしまった。
すでに上海グランプリが始まっているという今日、今さらながら鈴鹿のお話でも。
ちなみに上の写真は多分誰でも一度は聞いたことがあるだろう、フェラーリの車である。
【F1マニアクイズ!ここはどこでしょう?】
・・・ 一見そんな無茶なと思えるが、よく見ると上部に側道が見えている。
マニアな方なら「ピット入り口を過ぎたトコね」と分かるのだ。
好きこそものの上手なれ!

この続きも画像が多いし話が長いので、お付き合いいただける方は「more...」にて。
いずれにしても、一家揃って目一杯楽しみ、無事帰宅していることはご報告しておく。

さて次の写真。
何とも荒れたレースぶりが目前に広がった一枚である。

荒れたレースでした


簡単に言えば、写真(1)や(2)のなれのはてがマルの中だ。

(1)の車は、1周目に早々にクラッシュした車である。これが原因でイエローフラッグ(先導車つき、追い抜き禁止の徐行運転)になった。TV中継では、四角でかこった中のクレーン車?が移動させる様子がずっと映っていたそうだ。
(タイヤバリアの中に突っ込んだのではなく、ここにどかされたのだ。)
イエローが出たおかげで、予選一位だった選手の『ぶっちぎって貯金を作る』計画が丸つぶれになったという解説の話だ。レースに大きな影響を与えた一台なのだ。

(2)の車は、佐藤琢磨と接触してストップした車だ。
どっちがどう接触したのかはわからなかったのだが、夜になってF1のエラい人たちの会議から、この一件により佐藤琢磨のレース結果を抹消するとの発表がなされた。ちなみに琢磨は13位完走を果たしていた。
東京中日スポーツいわく、相手はカンカンだ。
こちらもまた、今後に大きな影を落とす一台なのだ。

次に、見かけたよシリーズ。
決勝朝、琢磨車が取り囲まれる!

決勝の朝に琢磨がサーキット入りするところを見かけた
ゲート前を渡ったところで、なんと自分でホンダ車を運転してやってきた琢磨を発見。ここで右折してゲートに入るため、停車した琢磨にみんないっせいに群がったのである。最終的にはこの写真の数倍に膨れ上がった。ある種、母国グランプリの洗礼でもある。一応私も近づいてきたのだが、撮れた写真はハンドルを握る琢磨の左手だけであった。
警備員が群集を少しづつ排除しながら、数センチづつという具合で琢磨は右折していったが、このとき周囲から「自分で運転して来るようじゃなぁぁ~。。。」という声がチラホラ…意味の深追いはやめておく。
ついでにこの時、別の外国人ドライバーの「入り」にも遭遇した。アロンソという名の彼は、後部座席の窓を数センチだけ開けて、そこからVサインを差し出して、「入り待ち」の人々の歓声の中をすべるように通り過ぎていったのだった。
琢磨のことはレース終了後、S席になだれこんだ時にも見ることができた。
レース後の佐藤琢磨

この時点で『やっちまった』と思っていたかどうかは定かではないが、ファンに手をふる回数も非常に少なく、落胆の色が見えるようであった。

もう一人見かけた大物は、ドライバーではない。
フェラーリ・テクニカルディレクター

夕食にラーメンでも食べようかと場内のラーメン屋方向に歩いているときに、正面からSPにガードされつつ歩いてきたのは、フェラーリのテクニカルディレクター、ロス・ブラウン その人である。まぁ、要するに超スゴい人なのだ。慌ててカメラを出したときには彼は遠くに過ぎ去り、ファンが群がっていた。


ところで念願のスーパー銭湯『ロックの湯』だが、土曜日の夜に行ったものの、男湯が激混みでダンナに「かえって疲れた。正直入らなくても良かった」と愚痴られてしまった(汗)ダンナごめん。でも土曜日の雨の中、子ども達もよくマナーを守って観戦しただけあってかなり濡れてしまったし、お風呂に入れたのは助かった。
土曜日はもちろんわが子だけではなく、周囲のチビっ子たちみんなも頑張って傘を我慢し、雨をはねのけて盛り上がったのはすごかった。
日曜日も晴天の中の決勝でさらに盛り上がったあと、夜遅くまで閉店間際のテントショップでF1グッズの値引き交渉などを楽しんで、鈴鹿サーキットの「蛍の光」とともに退出。数時間かけて自宅まで戻ってきた。
こうして我が家の2005日本グランプリは終わった。

翌朝、私はパソコンの前に座っていた。
ダンナの指示通りに2006年指定席を予約するためだ。
来年はC席に決定・予約完了!民間駐車場も早々に予約を済ませた。
2005鈴鹿終了からわずか一晩で、我が家の2006鈴鹿はもう始まったのだ。

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。